大変なお話
(1978年作品)

       
{青空文庫版ファイル}  iPhone/iPod
(「T-Time」(フリー)ソフトを導入して上記をクリックすると縦書きの文庫形式で読めます。
こちらのファイルで是非ご覧ください。以下に掲載の本文と同じ内容です。)

 

「おはようございます。」

朝早く、開店間際の喫茶店にこう言って一人の女が忙しく
入ってきた。
ショルダーバッグを右に抱え持っている。
顔は、化粧が完成しておらず、起き抜けにやっつけ
仕事で済ませてきたのだろうか、目許にだけ
その化粧が集中している。…であるからして、
一瞬目の周りの黒い”痩せダヌキ”かしらんと
思ってしまうのである。
つまり、そのタヌキが遅刻して喫茶店の自動ドアを
忙しく入ってきたのである。
そこで、ウエイトレスどうしの会話と
なる訳だが、先ずは着替えの済んだタヌキから、、、、。

>>お、は、よ、う。

==おはよう。

>>………、………。

==……、………………。

>>もお、大変で嫌んなっちゃた。

==本当、………。

>>私んとこ共稼ぎじゃない。

==あァ、そうだったわね。

>>朝がきついのよね。彼に食べさせてくるじゃない…。

==あら、ちゃんと作る訳?朝食を。

>>そうなの、彼に食べさせてからね。

==そう、それじゃ大変よね。

>>それにさ、男の人だったら食事済ませてポーンて
   出て行けるけど、女はそうゆう訳行かないじゃない。

==そうョね。

>>洗い物なんかは帰ってからするにしても、お化粧も
   してこなくちゃならないでしょ。それだけでも最低15分は
   掛かるじゃない?

==それはそうね、10分や20分なんてすぐ掛かる。

>>そうなの、すぐだもの。…食事を作って食べさせて、
   その上お化粧でしょ。それで仕事には間に合わなくちゃいけないし。

==そう考えてみると、あなたなんて二つの職場を掛け持ち
   しているようなものだものね。
   大変よね。

>>そうなのよね。まったく女なんて損だわ。

==…そうなの、大変よね。

タヌキはようやく息を整え始め、さらに付けく加えた

>>まったく、朝それだけのことをして仕事の時間に間に合う
   様に来るとなると…ねェェー。

==大変だわよねェ。

>>だからどうしても遅れちゃって、化粧だったろくにしないで
   出て来ちゃうの。

==大変だわねーェ。

>>うん。………そうそう、お化粧してこなくちゃ。ちょっとイイ?

==うん、ゼンセン、ゼンゼン…どうぞ。

>>………!

かようにして、タヌキは忙しそうに店の奥へと引っ込んでいった。
まことに、由々しき、大変なお話であります。

果たしてタヌキ顔の彼女は如何ほどに「大変だった」のか、
私には未だに良く解らない。


[完]

ドラマ表へ戻る

(C) 1990-2005 @cubic.red ; YAHN Kawamoto. All rights reserved.