『空を飛ぶ男』 | ||
(1978年執筆) | ||
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(「T-Time」(フリー)ソフトを導入して上記をクリックすると縦書きの文庫形式で読めます。 こちらのファイルで是非ご覧ください。以下に掲載の本文と同じ内容です。) |
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真夏の或る晩の出来事。 すねっかじりの大学生の男4人が集まり、マージャンにふけっている。 夜も峠に差しかった頃、「西家」の男がリーチを掛けながらこんな事を言いだした。 南場の3局。 (西)そういやぁ、Yのやつどうしてるのかなぁ。 西家は気分が良いと、こう「ぁー」という風に 言葉の語尾を心持のばす癖があった。 「Y」とは勿論、高校の頃に僕たち4人と同じ遊び仲間の グループにいた、もう一人の男の事である。 (北)あいつな、本当、最近顔見せないな。 ・・・・・・・・・・・・・ほれ、こい! (東)おっと、アブイ、アブイ。・・・・・・あいつ確か、進学しないで働いているだろ。 (西)ああ、俺、月に一,二度は会ってたんだけどなぁ。 この1年会ってないな。 この時、西家はトイメンの手をチラリと気にしながら、 上ずったような相づち。 (僕)ホイ・・・・・・。 (北)「イーピン」!しけた捨て方すんな。 (僕)いーじゃない。 その間に、西家の男がYのアパートへ電話を掛けだした。 連絡場所を知っているのは彼しかいなかった。 (西)いけね、千葉は市外だった。も一度・・・・。 (北)おい、お前の分ツモルよ。・・・・えーと「南」 電話片手に・・・ (西)はずれ。 (北)ほい、イーピン。 (僕)人の事いえっか。 (東)オイ、出ないのか? (西)ああ、全然。もう20回以上鳴ってるのに。 (北)眠ってるって事もないなぁ。こんな時間じゃ、アパート帰ってるだろうに。 (東)あいつ、変わってたからな。 自分の事は余り話さなかったな。 考えると、余りあいつの事知らないな。 (西)俺にも話さなかったな、自分の事は。 結構、いろんな事知ってる物知りだったけど・・・・。 西家は諦めて、電話を切る。 (東)ほい。これじゃどうだ。 (西)あっ、その「北(ペイ)」 (東)エッ? (西)はずれてまーす。 (東)おい、余りいい冗談よせヨ。 (北)プッ! (僕)ほい、安牌。 (北)あいつ、前に銀座で見かけたんだ。 (西)去年のクリスマスの日に電話したきりだよ。 (北)おい、去年のクリスマスって、あの初雪の日? (西)そうそう、夕方、6時頃かな。 (北)へっ、6時、どこへ。 (西)あいつんとこだよ。 (北)うそ。アパートに? (西)嘘ついてどうすんの。 (北)あいつ、住んでんの千葉だよな。 (西)そうだよ、千葉の奥のアパートに。 (北)おれ、銀座であいつを見たの、雪のクリスマスの夕方6時20分。 (僕)去年? (北)そう、去年。 (東)6時20分? (北)そう、6時。和光の時計台で彼女と待ち合わせていて、 俺が20分も送れたのでかなり時間を気にしていたので覚えてるよ。 彼女に会った瞬間、Yの姿を見つけたんだゼ。 (東)電話は、本当に6時?ちょうど? (西)電話してるときに、テレビで6時のニュース始まってたも。 東京は初雪だってトップニュースで・・・。 Yともその話したも。 電話切ったのはそのすぐ後。 (東)じゃ、おまえの見間違いだよ。 (北)いーーーーや、Yだった!ぜったい! (西)だって、電話してたんだよ、千葉の奥の田舎の遠い彼方に居るYと。 (北)俺だって確かに見たんだ。手に黒い鞄、変な帽子かぶってた。 (西)帽子?! かぶるか、イマドキ。 (北)なんだよ、俺が嘘ついてるのかヨ。 思わぬ二人の熱の入った論争の進展に、 僕と東家は黙ってしまった。 西家のいう事の方が筋は通っている。 しかし、北家の熱弁の勢いは尋常ではなかった。 勢いでは西家を上回っていた。 北家は銀座でYの姿を見た。 確かにYに声は掛けなかったにしろ、 確かにYだった。かなりそう思い込んでいる。 声を掛けなかったのは、 彼が妙に緊張した面持ちだったからだという。 その時の表情まで確認しているのだから、 こちらもまんざらではない。 その場の険悪な静けさを割ったのは 東家の一言だった。 (東)あれ?俺、このまま行くとハイテンじゃんヨ。 (北)「じゃん」て。 (西)ほい、はずれ。 (北)となりゃ、現物、現物・・・。 (東)エイ! 東家の男は慢心を込めて、ハイテイをとる。 (東)やった!ハイテイ・ツモ。 (僕)うっそー!? (北)もしかして、親じゃないの? (東)じゃーん。親の役満、4万8千点!! 西家、その高配当にも目もくれず 皆がそれに気を取られている隙を狙うように いきなり自分の牌を崩そうとしたとする。 西家の男の挙動不審を察した北家が、西家の手を掃う。 西家はリーチしていたのだが・・・。 (僕)おい、結局何待ちだったの? (西)・・・・ドラタンキ。 (北)あれ?それってフリテンじゃない。 (西)れっ?そうだった?? この様に西家の男はしらばっくれているが、 実はリーチの一発逃しの次の東家の捨て牌で 既に当たっていたのだが ロンしようと思った途端、自分のチョンボに気づき、 密かにイラついていたという次第である。 この夜の勝負は、西家ことごとくついていなかった。 明け方、再びYのアパートに電話してみたが、 矢張り無理であった。 矢張り電話係と勤めた西家が 帰り支度をしながら呟いた。 (西)あいつ、不思議なやつだったもな。 (僕)ねぇ、Yの今の連絡場所教えといて。 僕は、妙にYの事が気に掛かり、 後日、彼のアパートを訪ねようと思った。 Yという男は、いつも人に気にさせる存在だった。 その4日後、僕は浦安まで出る事があり、 ついでに「四街道」に住むYのアパートまで 思いきって足を伸ばしてみる事にした。 浦安を出たのが3時過ぎ、4時近かった。 四街道までは後1時間の行程。 駅からさらに歩いて20分は掛かると聞いていた。 寂れた四街道の駅に着く頃には もう日も暮れかけていた。 ちょうど5時少し前。 久しぶりに会うのに手ぶらではと思い、 四街道駅前で唯一の酒屋を見つけ、 酒を調達した。 以外に手間を取り、彼のアパートへ向かったのは5時半をまわっていた。 どうやら、彼のアパートへ着くのは「6時」。 偶然にも、西家と北家の論争の時間だった。 僕は知らない間に、その時間を選んでいたのかもしれない。 彼の事である、居るかどうか余り期待しないことに決めていた。 例の日曜日の西家と北家の論争の一件が頭に引っかかっていたのだ。 彼に会って直接真相を聞いてみたかった。 |
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アパートの名前は「日の出荘」。 見る間でもないアパートと予想できる。 田んぼの真中に立つ二階建ての日の出荘を見つけるのは さほど手間を取らなかった。 表札の「日の出荘」の文字が 建物の古さとは不自然に真新しかった。 彼の住む部屋は二階の奥。 共同の玄関から上がるよりは 建物の西側の非常階段を利用したほうが 彼の部屋へ行くのに便利だと聞かされていた。 その忠告に従って、玄関の左手に回ってみた。 すると、非常階段に面した部屋の電気がちょうど消えるところだった。 Yが出てくるなら、この非常階段だろう。 非常階段の下で上を見上げていると、 Yが出てきた。 しかし、夕方の闇中に立つ僕には気づかないようだった。 Yはダサい背広姿に、かなりダサいそれと直ぐに分かる、 黒い人工皮の鞄を手にしていた。 頭には、北家の言っていた、妙に不釣合いなつばの付いた 流行おくれの帽子をかぶっていた。 やはり、あの時銀座に立っていたのはYだったのか。 僕は、2階で夜空を仰いでいるYの元へ、そっと近づいていった。 夜空は東京では想像もつかないほどの星が瞬き始めていた。 僕も足を止め、思わず夜空の星のステージを見つめてしまった。 彼は頭上に広がる夜空を確認するように見詰めると、 鞄を右手に持ちながら、 両の手を夜空の方へ真っ直ぐに差し伸べたかと思うと、 夕暮れの夜空へ向かって音もなくフワッと飛んでいった。 呼び止めようとしたが、危なそうなのでやめておいた。 思えば、その時直ぐにYに声を掛けなかったのは不覚だった。 |
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後日、再び以前のメンバーでマージャンをする機会があった。 僕が先日の千葉での出来事を、事細かに極めて冷静に報告すると 以前の東家が茶々を入れた。 (以前の北)余りくだらん冗談はよせよ。 (以前の西)そうでもないぜ。 (以前の北)・・・・・・・・。 (以前の西)だって、空でも飛べない人間が 千葉と銀座に殆ど同時に姿を見せるなんて、 その方がずっと奇妙な話だけどなぁ。 矢張り、Yが空を飛べると考えた方が自然だろうさ。 (以前の北)何が自然だよ。人が空飛んだりすっか? (以前の西)それじゃ、そっちが銀座で見掛けたのは、Yじゃなかった事になるよなぁ。 この、「なぁ」という語尾の伸ばし方が、 以前の北の気に障ったらしかった。 牌を切るのも忘れ、ひどく興奮して以前の西に喰いついた。 (以前の北)俺のは確かさ!この両の目ではっきりと見たんだ。 やつの表情まで覚えてる。 こう、硬直して、緊張した面持ちで、ちょっと赤らめた顔をしていた。 銀座の人混みでぽつんと一人立ちすくしているあの姿を見れば 誰だって印象的に覚えているさ、きっと。 車から通りすがりに歩道に立つ人影を見たわけじゃない。 いや、そんな事どうでも良い。俺はYを見たんだ!! (以前の西)俺だって30分近くYと話をしてたんだ。 それに、こっちからYの方に電話したんだ。 アパートに居なくてどうやって俺と電話で話ができるか? だから、・・・・・・・・ (僕)ほい、安牌きり。 (以前の北)ほい、どうだ。 (以前の西)だから、・・・・だとすれば、Yが空を飛べると考えた方が話の筋がとおる。 ところで、その「ハク」ロン! 以前の北が当てられた。 興奮した以前の北のポカだった。 勝敗は以前の西がややリード。 牌の切りなおしで、卓の上で四方から8本の手が這いつくばった。 以前の東が呟いた。 (以前の東)しかし、なんだな。千葉の田舎をYが飛び立つのはいいとして、 銀座の人混みの中を、どう着陸したんだろうな。 何故か、彼の疑問が妙にリアルさを持っていた。 一瞬、四人はそのイメージに思いを馳せてしまった。 それでまた、夜の夜中にYのアパートへ電話してみることにした。 受話口からは呼び出し音が幾度も聞こえていた。 全員が深夜の静けさに響くベルの音に耳をすませた。 Yが電話に出る事に期待したのではない。 むしろその逆で、電話に出てはくれるな、と願っていた。 矢張りYは出なかった。 受話器を下ろし、ジャン卓に戻ると、 みんな無言でマージャンを再開した。 その時4人の頭の中には殆ど同時に、 夏の夜空で両手をまっすぐに前へ伸ばし 悠々と宙を飛んでいる、あの駄裁背広に駄裁革鞄のYの姿が くっきりと浮かんでいたに、違いはないのである。 【 完 】 |
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